7/28(火)妊娠12週目0日 お昼ご飯 カレーライス

7/28(火)妊娠12週目0日 お昼ご飯 カレーライス

朝、妻と一緒に電車へ乗ると、座席の真ん中で新聞を大きく開き、大股で座っている男性がいた。

その男性の両隣りは空いていたので、実質的に三席独占している格好だ。

他に空いている席もなかったので、身重の妻には男性の右隣に座ってもらった。

そのような状況になった時、空いている左の席に移動し、妻と並んで僕も座れるように誘導してくださる方には頭が上がらない。

もちろん僕たちもその立場になった時は、必ず同様の行動を取るようにしている。

 

だからと言って、妻が着席後にその男性が微動だにしなかったことに関しては何とも思わない。

 

ただ、新聞を小さく畳む事もなく、股を閉じることもなく、「何でここ座るんだよ」といった迷惑そうな目線をこちらにプレゼントしてくれた事だけは理解しがたい。

 

その男性に負の言葉を羅列しても仕方ないので外を眺めていると、妻の真向かいにある二席が空いた。

妻と移動し並んで座り、アイコンタクトで侮蔑の意思を共有する。

しばしその男性を眺めていると、新聞のテレビ欄に目が移った。

そこには「夜七時から巨人対横浜」の文字が記されていた。

 

「あっ、そういえば今日野球見られるんだった」

 

そのまま妻に伝えようとしたが、すんでのところで気が付いた。

 

「僕が今野球の事を言ったら、結果的にこの大股新聞男から情報という名の利益を頂戴した事になってしまうのでは?」

 

実際には今日、野球がテレビ放送されることを僕は知っていた。

しかし、このタイミングで妻にその事実を伝えてしまったら、「こいつ何だかんだ言って、大股新聞男の恩恵にあずかっているじゃん」と思われてしまう。

 

「昨日から知っていたんだけど、今日テレビで野球やるんだね」
いくらそう伝えても、「こいつ、新聞から情報得たんだろうな」と思われることからは逃げられない。

 

何も気にせず、ありのままの情報を伝えれば良いのかもしれない。

だが僕は、この大股新聞男に少しの借りも作りたくはない。

この男の新聞きっかけで会話が弾んだなんて思われた日には、僕の小さな自尊心は崩壊してしまう。

 

がんじがらめの状況に慌てふためく中、妻が下車する駅に到着した。

 

「気をつけてね」

 

そう言い残して妻は去って行った。

妻を見送った後、件の男を探したが、その姿はすでになかった。

大股新聞男は座席だけでなく、僕の言葉すらも奪っていった。

 

屈辱の午前中の後に待っていたのは、眩しいほどのカレーライスだった。

妻いわく「昨日見たドラマにカレーが出てた時に、メニューを決めた」とのこと。

どの場面からもインスピレーションを働かせる妻にも、頭が上がらない。

スプーンでルーをすくって、ご飯と一緒に口に運ぶ。

 

「美味しいぃ……………」

 

 

  

圧倒的な美味に、言葉を失う。

電車の中でも言葉を奪われたが、今回のそれは心地の良いものだった。

 

朝方作ったものとは思えない深いコク。

一体妻はどうやってこの味を出したのか。

その答えは探るべく、何度もスプーンを手配するが、返ってくる答えは「美味しい…」だけだ。

 

その膨大な量の美味を全身で受け止めた僕は、一度スプーンを置いてスマホを手に取った。

そう。妻にこの感動を伝える為だ。

 

大股新聞男はもういない。

僕の言葉を邪魔するものは、何もない。

分厚い辞書の中にある、幾多の言葉を思う存分使って、妻に感動を届けようではないか。

 

そして長考の末、編み出した言葉は−。

 

「カレー、めちゃめちゃ美味しかった」

 

僕の辞書は音楽の教科書くらい薄いようだ。

 

妻に感謝し、完食。ごちそうさまでした。

・まとめの一言

美味しかった。